被害者さまの玉座

「被害者さま」は何を言っても何をしても許される、と勘違いしている人が多い。「被害者さま」の玉座さえわがものにしてしまえば、万人を平伏させられる、と勘違いしているのである。

より実態に即した言い方をすれば、“「被害をこうむった」「傷つけられた」と言った者勝ち”という勘違いである。このような人は、単に自分に酔っているだけだという事実を自覚できない。

刑事裁判における被害者参加制度は、この「被害者さまの玉座」論理を法廷に持ち込んでいるという点で、非常に危険である。話を分かりやすくするため、あえて極端な比喩を使わせてもらうが、たとえば殺人罪に問われて無罪を主張している被告人に対し、被害者遺族が法廷で「なぜ殺したんですか?」などと有罪を前提として詰問することは、裁判官・裁判員の心証を理不尽にかたよらせる危険性をはらんでいる。

もちろん、被害者は加害者に対し、損害賠償を請求する権利を持っているし、それは十分に行使すべきだ。しかし「被害者さま」だからといって、何を言っても何をしてもよいわけではないし、彼らの言動がすべて正しいとみなされるべきではない。

さて、この「被害者さまの玉座」論理を発展させると、どうなるか。早い話が、“「被害者さま」の側に立った者勝ち”という勘違いが発生する。実際これはよくあることである。特にネットでは。

実例を挙げよう。先年、歌手の倖田來未がラジオ番組で「35歳を回るとお母さんの羊水が腐ってくる」という趣旨の発言をしたことがある。私なんかは、男であるせいかもしれないが、「無知な芸能人が馬鹿なことを言ってらぁ」ぐらいにしか思わなかった。また、知人女性たちからも、特に深刻に受け止めるような声は聞かなかった。

ところが、この倖田発言が必要以上に大きな問題として騒がれることになった。ラジオ局に抗議のメールが寄せられ、ネットでは批判が展開され、倖田は一時的に活動を中止するにまで至った。

抗議者たち曰く、「女性を傷つける発言」とのことらしい。だが、既述のように、実際に傷ついたと言う女性を私は一人も知らない。

テレビの街頭インタビューで「女性としてはちょっと嫌な感じですかねぇ」などと答える女性もいたが、果たしてあれがどの程度の割合の女性の声を代弁していたのかは定かではない。こういうとき、テレビという媒体からの情報は、よくよく注意して取り込む必要がある。なぜなら、大勢にインタビューを試みたうちのたった1人か2人なのかもしれないし、その発言内容にしても、「別に怒るってほどでもないですけどね。まあ、いい気分ではないですね。女性としてはちょっと嫌な感じですかねぇ」という発言を“編集”し、最後の一文の部分だけを放送に採用していたりするからだ。

このように「被害者さま」がどの程度存在するのかも分からないまま、「女性を傷つける発言」が過剰に問題化され、ついには一人の人気歌手を一時的な活動中止に追い込んでしまった。本来ならあんな話は、倖田がただ一言「先日は変なことを言ってしまってすいませんでした」と言えば片づくレベルなのに。「被害者さまの玉座」の暴走は危ない。

「あなたは人を傷つけて平気なんですね」「あなたには人の心の痛みが分からないんですね」「まずは謝るのが人というものでしょう」─。ろくに論拠も示さないままに、こういう“正義の旗”を振り回して人格攻撃をする者がいたら、要注意である。まともに相手にすると泥沼にはまるので、巧妙に右から左へ受け流すようにしたほうがよい。

記事分類: 思惟

Comments

とうしょう | 2010/06/02 00:00
被害者参加制度は、ご指摘の通りの側面がありますね
一応、参加される被害者の関係者の方には、弁護士さんなどから「感情的にならず、冷静に質問などをして下さい」とか「(参加することによって)、ますます深い傷を負うこともあります」と言う注意は受けるそうなんですけどもね・・、どうしても加害者を前にすると冷静さを失う人が多いのは仕方がないのかも知れません
日本は、被害を補償する制度が不十分だったり、加害者を訴えて賠償などを勝ち取っても、相手に支払い能力がない場合や、払う能力などがあってもいわゆる「逃げ得」で、きちんと請求できなかったりする場合がとても多いようなので、こんなやりきれなさや、それ以外にどんな思いをしているかを(誰かに)聞いてもらいたい、というのもあるのかと思うのですけど、どうなんでしょうね?


「羊水」発言の一連の騒動は、当時私も小山さんと同じような感想を持ちました
小山芳立 | 2010/06/02 12:43
被害者救済制度を充実させる必要があるのは確かです。例えば、殺人犯を相手取って被害者遺族が1億円の損害賠償請求を起こして勝訴しても、服役後出所して無職の人間がどう転んだって10万円すら払えないわけですし、そもそも誠意というものがなくて賠償を踏み倒すような奴もいるわけで、その都度遺族側が差し押さえの申し立てとかしなければならないのは、どうにかしないと。

「羊水」発言にまつわる「被害者さまの玉座」論理は、実はこれ一つで、いわゆる「炎上」現象等をたいてい説明できてしまいます。“被害者さまの側に立つ正義の自分”に酔ってるんですよね。
さらにいうと、宗門によくいるシャカイウンドー大好きの人間も似たようなものです。
呑兵衛 | 2010/06/02 16:58
“外務省のラスプーチン”と言われた佐藤優氏が、死刑制度について「死刑という剥き出しの暴力によって国民を抑える国家は弱い国家である」という発言をしていましたね。彼は続けてイスラエルの事例を挙げ、国権の観点から「暴力の独占によって国民を威嚇しない国家の方が国民から信頼を得、結果的に国家体制を強くする」と主張するわけです。
氏の意見を全面的に支持するわけではありませんが、被害者参加制度は、もはや一国の法と秩序が国民から信頼されていない証しなのではないか、そんな気がします。法と秩序が一方的な被害感情、或いは時として瑣末な憎悪によって左右されてしまうわけですから。
勿論、被害者の感情や心の傷を無視しようとするものではありませんが。

>「羊水」発言

ある意味、報道姿勢が世間の劣情を刺激する方向に流れていたようにも思います。

>シャカイウンドー大好きの人間

感情論と思い込みがあらゆるものに優先する人種ですからね。
鼻息荒く「常に被害者の側に立つ!」と息巻いている人間ほど、自分が土足で踏みつけている相手のことが見えなくなるものです。
衆愚というか何というか・・・
小山芳立 | 2010/06/03 12:41
>被害者参加制度は、もはや一国の法と秩序が国民から信頼されていない証しなのではないか

その行く先は“仇討ち制度の復活”ということになりますから、かなり危うい話だと私は思っています。犯罪者の処罰は法廷が法にのっとって公正に決める、民は仇討ちなどという野蛮なことはやめよ、という近代法治国家の理念が根本からおかしくなります。
呑兵衛 | 2010/06/03 16:18
時代劇みたいですよね。
お白州に下手人を引っ立て、お奉行さんが被害者に向かって「本懐を遂げられよ」とやってしまうようなものですから。

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