『ロズウェルなんか知らない』
テクスト: 篠田節子『ロズウェルなんか知らない』 東京、講談社、2008年。初刊は同社、2005年
《'10年2月28日(日)読了》
舞台となる駒木野町は、今やただ滅亡を待つのみの過疎地である。
かつては、東京から最も近いスキー場を擁する町として、大いににぎわっていた。しかし、新幹線と高速道路が整備されてゆくにつれ、状況が変わってきた。最寄りの在来線駅からでさえバスで40分、高速道路インターチェンジからは1時間20分もかかるこの僻地に、誰も来なくなってしまった。スキー客は、新幹線や高速道路を使って駒木野を素通りし、より遠方の、雪質の良い豪華なスキー・リゾートへ行ってしまうのである。
町では何とか町おこしをしようとはするのだが、いかんせんもともと満足な観光資源などない土地ゆえに、観光客を誘致することなどできるわけがない。しかも、ろくに経営努力なんてしなくても、スキー客を相手に殿様商売をしていられた、昔の味を知ってしまっている年寄りたちは、“お客さま相手の仕事”をしようという気など、さらさらない。こんなふうだから、東京の旅行代理店からも引導を渡されてしまう。
このままでは、町の人間たちは町もろとも滅びゆくしかない。座して死を待つというのか。いや、そんなわけにはいかない。
ついに有志たちが立ち上がり、とんでもない計画を思い立つ。駒木野を、UFOやらなにやらの超常現象の名所に仕立て上げ、「四次元地帯」として売り出そうというのだ。さながらイギリスのミステリー・サークルのような種々のいたずらをしかけて、オカルト好きの観光客を集めようともくろむ。
「日本全国、テーマパークのあほらしさを見てみろ、グリム童話の世界に、オランダ村だぁ、モンゴル村だぁ、ロシア村だぁ、イギリス村だぁ……。金髪のネエちゃんにビール運ばせて、ラブホみたいな展示館つくって、国辱もんだ」
「円盤も座敷わらしも、ばかばかしさじゃ、変わらないか、確かに」
「で、具体的にはどうしましょうか?」
誠が、前向きな口調で尋ねる。
「やるべ。俺たちだけで仕掛けて、日本の四次元地帯体験ツアー」
[179頁]
さて、過疎の田舎町が町おこしをしようというとき、一番の障壁は何であろうか。関連法規という問題も確かにある。資金の問題も確かにある。観光資源やアイディアの是非というのも要だ。しかし、なによりも大きな障壁となるのは、実は、ほかならぬ地元のイナカモノたちなのである。
「何をやろうと勝手だというのは、都会の者の流儀だ。ここにはここのしきたりがある」
ツルサダがそう言ったとたん、厚が腰を浮かせた。
「あんたたちはいちいち、人のやることに文句をつけるだけじゃないか。それならお袋と二人、死ねっていうのか」
靖夫はこの場に厚を連れてきたことを後悔した。徳雄がレジを閉めていて手が離せず、援軍欲しさに声をかけたのが間違いだった。
「その言いぐさは何だ。若造が」
ツルサダがこめかみの血管を青くふくらませる。
[314-15頁]
この物語は、町の人々がみんなで協力し合って、都市部から観光客を呼ぼうという話ではない。敵は町内にいる。とにかく、土地のイナカモノどもが邪魔である。
有志たちの試みは結局崩れてしまうのかと思いきや、最後の最後、起死回生の反撃をかますのは、やはり土地のシガラミのないヨソモノだ。
[役場の産業観光課の]カウンターから見える席に、窓を背に石井[課長]は座っていた。のそりと立ち上がり、サンダルの踵を引きずりながら出てきて、「何か?」と尋ねた。
「『何か』はないでしょう。『何か』っていうのは、何なんですか。一般町民に向かって」
いきなり川崎が絡んだ。宣戦布告だ。
「接遇研修くらい受けたでしょう、管理職のあなたが、それですか」
(略)
「‥‥おまえたちが勝手に変なものを作っただけじゃないか。 ─(略)─ いいか、町がやろうとしているのは、おまえらの犯罪の尻拭いなんだ」
川崎の背後で、内心びくついて、止めるに止められない靖夫を見据え、石井は怒鳴った。実際のところそうした地縁血縁でつながった町なのだ。
「なるほど、ここは町民をおまえ呼ばわりするところですか」
川崎は冷静な声でさえぎった。
石井は、言葉につまったように黙りこくった。
[615-18頁]
役場を訪れた住民を職員が「おまえ」と呼ぶことなど、トカイの感覚ではまず考えられない。場合によっては「あんた」と呼んだだけでも問題である。こういうふざけたことが平気で起きるのが、イナカ空間だ。私の住む町も、ちょっと前まではただの田舎町であったから、そのへんのことはよく知っている。もっとも、そんな理不尽はヨソモノには通用しないので、きちんと筋を通すトカイジンの勝ちである。
さて、自分たちの存続をかけて町おこしに奔走する有志たちと、それをみだりに邪魔するイナカモノたちとの攻防、ということで話は進んでゆくのだが、最後は思いもよらない形の結末が待ち受けている。とはいえ、きちんと伏線は引かれているから、注意深い読者なら予測できるだろう。
いやはや、それにしても、篠田節子氏というのもはずれのない作家だ。今回も存分に楽しませてもらえた。
ところで、題名に掲げられているロズウェルという地名は、作中には一度も出てこない。その筋では有名なこの地名ではあるが、知らないという人は、本書を読む前に参考情報に目を通しておいたほうがよいのではないかと。

Comments
>大きな障壁となるのは、実は、ほかならぬ地元のイナカモノたちなのである。
主語を置き換えてみると、いろいろな場面でクリーンヒットするこの言葉。
何かを変えていこうとする時、最大の障壁になるのは遠くの他人よりも案外、近くの身内だったり・・・。
特定の価値観に染まり切った者ほど始末が悪かったりします。
やはり地方の因習や既得権との対立ということで
楡周平の「プラチナタウン」を思い出してしまいました。