「3桁ジーンズ」あり得ないなんてことはあり得ない
※ 「J-Castニュース」 >> 「3ケタジーンズ『ありえない』 川久保玲さん発言で物議」
「このセーター、いいでしょ。結構有名なブランドなんだぜ」
「へえ、そうなの。何ていうブランド?」
「ファーストリテイリング」
──というのは私がよく飛ばすギャグ(?)であるが、意味が分からないという方はこちらを参照してみるといいかも。
ユニクロという店が話題になった当初、私は食わず嫌いをしていた。いくら安くて良い品といったって、中共の工場で製造している品物なんぞ、たかが知れている。どうせ“安かろう悪かろう”に決まっている。と、そう思っていた。過去の経験からそう思うのは当然だった。
ところが、ある日何げなくユニクロに立ち寄ってみた時、私は大きな衝撃を受けた。良好な素材と良好な縫製に比して、価格が馬鹿みたいに安いのである。季節もの処分の時期でもないのに。真面目な話、価格の印字ミスではないかと思ったほどだ。
以来、普段着はほとんどユニクロで買うようになってしまった私である。
もっとも、ユニクロ商品は決していいことずくめというわけではない。
- 柄が単調で垢抜けないものばかり。
- 品ぞろえが悪い(同一柄の色違いばかり)。
- 街を歩いていると、自分と同じ格好の人にやたらと出くわす。
スケール・メリットによる良素材・高品質・低価格を実現しているため、こういったデメリットがあるのは宿命である。いくら良素材・高品質とはいえ、低価格を追求している限り、ファッション的に見劣りがすることは避けられず、“貧乏臭い”という要素は払拭できない。
ユニクロ商品を買う者は、その点を了承した上で買っているのである。少なくとも私はそうだ。ユニクロと高級ブランドとでは客層がはっきり分かれている。求める方向性が違うのだ。
高級ブランド側に立つ川久保玲氏の言い分は、分からなくもない。「いい物は高いという価値観」は、確かに十数年前までは正しかった。ただし、それは、十数年前までは“素材・品質”と“ファッション性”とが比例していたからである。ユニクロ商品のように、素材・品質の良さを保ちつつファッション性を切り捨てることによって低価格を実現するような種類のものには、もはや当てはまらない。
川久保さんは、安さを求めた結果、若い人たちの創造性が失われていくのも心配だというのだ。
[同]
そういうことを言う人には、ぜひ次の記事を読んでもらいたい:
※ 「J-Castニュース」 >> 「若者に広がる『ユニ隠し』現象とは何だろう」
川久保氏は「創造性」の原点を忘れているようだ。

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