自分は特別だという意識
プリンタの調子が悪い。とても必要でかつ急いでいるときに限って、プリンタが不調になりやがる。前もまさにこういうタイミングだった。
前回は明らかにプリンタにガタがきていたので、すぐに新品に買い替えた。今回の原因は局部的であることがはっきりしており、プリントヘッドの不調である。洗浄しても駄目なので、部品自体がイカれているのだろう。
それでもって、こういうときに限って、お盆休みなんぞというものにかかりやがる。思わずサポセンに電話を入れて「急いでいるので何とかしてくれ」と訴えたくなる。もちろん実行はしないが。
そこでふと気づく。ああ、私も“嫌なクライアント”になり得るわけだな。自分は“特別”だと思いかけていた。自分は“例外”として認められる状況にあるのだと思いかけていた。自分の訴えは“わがまま”ではなく“正当な要求”なのだと思いかけていた。
きっと明日は、自分の政治的・宗教的信条が絶対正義だと信じきって、疑うきっかけを逸している勘違い大谷派僧侶などが、「南無阿弥陀仏」の旗を掲げて靖国神社に嫌がらせをしたりするのだろう。 「よその宗教活動を妨害するのは良くないが、“正義”を代表する私が靖国神社に仏罰を下すのは如来の意にかなうことである」と。
例えば、私は他宗派で盛んに行われている施餓鬼供養なるものに疑問を持っているから、「あれはおかしいのではないか」とはっきり言う。しかし、施餓鬼供養をしている現場に行って、拡声器を使って「あなたたちのやっていることは迷信だ。ただちにやめよ」などとどなりちらすのは、やはり間違っていると思う。
靖国神社の問題に関しても同様だろう。自分が“特別”だと思い込み、はたから見れば嫌がらせ以外の何物でもない振る舞いを平然とやるのは、何かおかしい。

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